Why Furoshiki, Now

なぜ今、風呂敷なのか

私たちの暮らしは大きく変わりました。
和室は減り、和服を着る機会も少なくなりました。
買い物では紙袋やビニール袋を使い、安くて便利なものが24時間手に入ります。

そんな中で、私はよく考えています。
特別な日ではなく、日々の中で、自分はどこで「日本人らしさ」を持てるのだろうと。

その問いに対して、私がたどり着いた一つの答えが風呂敷です。

風呂敷は、日本に古くからあるものです。
江戸時代の暮らしを描いた浮世絵にも登場する、日常の道具でした。

その中でも、私が惹かれている点があります。

・繰り返し使える
・どんな形にも対応できる
・使い方によって意味が変わる

何より、使う人の意思が表れやすいところです。

たとえば、買い物のとき。
レジ袋ではなく風呂敷を選ぶ。
それだけで、自分の選択が少し変わります。

贈り物を包むときも同じです。
包装紙ではなく風呂敷で包む。
そこには、相手への気持ちや、環境への配慮が自然と表れます。

便利なものがあふれている今だからこそ、
何を選ぶかが、その人らしさになると私は思っています。

何を選ぶか。
なぜそれを選ぶか。

その積み重ねが、自分の価値観をつくっていく。

では、日本らしさとは何か。
これも、私がよく考える問いです。

街がきれいで安全。
そういった特徴もあります。
でも、それだけでは言い表せません。

もっと曖昧で、目に見えないもの。

違いを否定しない。
変化を拒まない。
静かに共にある。

受け入れて、変わり続けていくこと。

私はそれが、日本らしさの一つだと感じています。

風呂敷は、その姿勢をそのまま形にしたものです。

どんな形のものでも包める。
使い方を決めつけない。
使う人に合わせて変わる。

だから私は、風呂敷をただの伝統ではなく、
今の生活の中で意味を持つものとして使いたいと思っています。

MUSUBISMでは、「結ぶ」という行為に意味を持たせたいと考えています。

物と人を結ぶ。
自分の意思と日常を結ぶ。

誰かと同じである必要はありません。
決まった使い方もありません。

あなたの生活に合わせて、形を変えていく。

そんな風呂敷のあり方を、これから提案していきたいと思っています。

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