The Joy of Tying — What Paracord and Furoshiki Taught Me

結ぶことの、よろこび。パラコードとふろしきが教えてくれたこと

新しい商品の開発が、静かに進んでいます。

まだ詳しくはお伝えできないのですが、今日、制作をお願いしている会社さんから試作品が届きました。パラコードを使った、ふろしきストラップです。

箱を開けた瞬間、思わず手に取って、しばらく眺めていました。

アメリカのお客様を見ていて、気づいたこと

MUSUBISMのふろしきをお届けしているお客様の多くは、アメリカにいらっしゃいます。

皆さん、ふろしきの美しさやエコな考え方にはすぐに共感してくれます。でも、「結ぶ」という動作に、少し戸惑いを感じる方が多いように見えます。

結び方がわからなくて、せっかくのふろしきを使えずにいる。そんな方の背中を、そっと押せるものを作りたいと思いました。

だから、ストラップです。

結ばなくてもいい。ストラップをひとつ加えるだけで、いつものふろしきがバッグになる。アクセサリーをひとつ足すだけで、もっと素敵になる。そんな入り口を作りたかった。

今日、自分でパラコードを編んでみた

試作品が届いたこともあって、今日は自分でもパラコードを使ってストラップのようなものを作ってみました。

手を動かしながら、ふと気がついたことがあります。

パラコードの楽しさって、自分で作ることにあるんだ。

編んでいる間、頭の中がすっと静かになって、気づいたら夢中になっていました。上手く編めているかどうかより、次はどうしようかと考えることが楽しい。少し歪んでも、それが味になる。飛び出てしまったひもさえ、なんだか愛おしい。

それって、ふろしきと同じ感覚だと思いました。

「なんでふろしきなの?」

よく聞かれます。

私がふろしきを好きな理由は、シンプルです。

誰にでも手軽にできる。上手い下手を競わなくていい。1枚あれば、何にでも使える。そして、エコである。

そもそもふろしきは、一枚の布です。でも結ぶことで、バッグになり、ギフトラッピングになり、暮らしの道具になる。結びがあって、はじめてふろしきはふろしきになる。

そして考えてみると、布そのものも、無数の糸が結ばれ、編まれてできています。ふろしきは、始まりから終わりまで「結び」でできているんです。だからMUSUBISMは、結びから生まれたブランドなんだと、改めて感じています。

もちろん、結びを極めていくと、知識も技術も必要になります。でもふろしきはその入り口のようで、一つ結びと真結びだけでも十分に楽しめる。そこがいちばん好きなところで、誰にでも楽しめる部分でもあると思います。

パラコードも同じでした。複雑な編み方を知らなくても、今日初めて触った人でも、手を動かすことができる。自分の好きな色を選んで、自分のペースで編んでいける。

手を動かすと、夢中になれる

スマホを置いて、手を動かす。

そうすると、自然と意識がそこに集中していきます。童心に帰って、上手い下手関係なく、ただ作ることを楽しむ。

自分で選んだ色、ちょっとクセのある捻り、飛び出てしまったひも——それが全部、自分らしさになる。

そうやって自分で作ったものには、不思議と愛着が湧きます。買ったものとは違う、自分だけの一本。

ふろしきも、そういうものだと思っています。正しい使い方なんてなくて、自分の好きなように使っていい。それがMUSUBISMが大切にしていることです。

同じ感覚を持つ人と、つながりたい

新しいストラップの商品は、もう少し時間がかかりそうです。

でも、この「自分で作る楽しさ」「手を動かす喜び」に共感してくれる人と、今からつながっていきたいと思っています。

結ぶことが好きな人。作ることが好きな人。ふろしきに興味がある人。パラコードが気になっている人。そして、日本が好きな人。

ふろしきと向き合っていると、いつも気づかされることがあります。これが日本という国の本来の姿なんだ、ということ。丁寧に、手を動かして、心を込めてつくる文化。日本はみんな同じようにと言われることもありますが、ふろしきは違う物語を語っています。一枚の布に、無限の結び方がある。同じように結ぶ人は、一人もいない。この伝統の中に、静かな個性がしっかりと息づいている——それがいちばん美しいと思うんです。

どんなきっかけでも、ぜひMUSUBISMのコミュニティへ。

一緒に、結びましょう。

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